宗教改革500周年に向けた個人的アジェンダ
Wednesday, February 25, 2009 2:36:31 AM
・95か条の提題。1517年10月31日。ウィッテンベルク城教会。
・ライプチヒ論争(ルターvsエック)1519年。
・『キリスト者の自由』1520年。
・ヴォルムス帝国議会「われここに立つ」1521年。
・ミュンスター千年王国派の惨劇。1525年。
・マールブルク会談(ルターvsツヴィングリ)1529年。
・首長令。1534年。
・『キリスト教綱要』1536年。
・トリエント公会議。1545年。
・アウグスブルク宗教和議。1555年。
・39か条。1563年。
・ナントの勅令。1598年。
・ウェストミンスター信仰告白。1646年。
・ウェストファリア条約(新旧地域確定)1648年。
・宗教改革500周年。2017年10月31日(あと8年)
・個人的アジェンダ
1.カトリックとプロテスタントの中間項としてのドイツ14世紀神秘主義あるいはウニオミスティカ。
2.ウニオミスティカとコングレガシオン(団体)「霊性の数だけ団体があるのか」
3.ウニオミスティカとオルド(会則)「体験の逸脱は如何に規制されるのか」
4.ウニオミスティカとインスティトゥティオ(制度)「体験はいかに言語化され定式化されるのか」
5.ウニオミスティカとエピスコポス(監督)「多様な霊性、団体、体験、定式を、だれが監督するのか」
6.ウニオミスティカとシノドゥス(教会会議)「監督たちは、どのように最大公約数を取るのか」
7.ボランタリー・アソシエーション(自発的結社)としての教会。「自発性の数だけ団体があるのか」
8.インスティトゥティオ(制度)としての教会。「制度の中で自発性は如何に担保されるのか」
9.「見えざる教会」の交わりと「見える教会」の交わり。
10.「見えざる教会」の交わりは「見える教会」の交わりと無関係であるか、反映されるべきか。
11.「見える教会」の交わりの本質は、ウニオミスティカか、コングレガシオンか、オルドか、インスティトゥティオか、エピスコポスか、シノドゥスか。
12.「見えざる教会」と「見える教会」の中間項としてのウニオミスティカ。
13.ウニオミスティカの言語化と定式化としての「オルド・サルティス」
14.ウニオミスティカの表象としての「シンボル」
15.「シンボル」のリスト。バプテスマ。ユーカリスト。信仰告白。そして「互いに足を洗い合うこと」
16.「イエスは主、と告白する人々が、互いに足を洗い合うこと」これ以上のシンボルが必要なのか、必要でないのか。
17.予定説と予知説の中間項としての「ウニオミスティカ」とその表象としての「シンボル」
18.プロテスタンティズムにおける政教分離。しかし、ウニオミスティカに生きる者は、政治に参加するのか、しないのか。
19.神から委託された「家」としての世界。世界を管理する「家令」の責任。
20.「家令」の責任を分担する三者。国家と社会と教会。
21.ウニオミスティカに生きる者が果たすべき「家令」の責任(エキュメニズム)
22.国家の分限。社会の分限。教会の分限。しかし、それを統合する主体としての「個人」
23.「個人」の主体性の確立としての「われ、ここに立つ」あるいは「ウニオミスティカ」
24.多くの個人の主体性を、その多様性を保障しつつ主権のうちに統合する装置としての「デモクラシー」
25.デモクラシーという、統合する装置の「動力」としての「愛」あるいは「互いに足を洗い合うこと」
26.「互いに足を洗い合うこと」の試金石としての「小さき者たち」
27.「家令」が説明責任を負う相手としての「小さき者たちの王国の王」あるいは「再び戻られる主イエスキリスト」
28.「この者にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」という王の言葉。
29.家令としての国家の「奉仕」と「この小さき者」
30.家令としての社会の「奉仕」と「この小さき者」
31.家令としての教会の「奉仕」と「この小さき者」
32.この家の多くの家令たちの分担された責任および分担された奉仕としての「エキュメニズム」
33.ウニオミスティカに生きる者が行う、国家の奉仕としての働き。
34.ウニオミスティカに生きる者が行う、社会の奉仕としての働き。
35.ウニオミスティカに生きる者が行う、教会の奉仕としての働き。
36.「すべてが、主イエスキリストのためにする、働きである」
37.その働きの標語。「オラ・エト・ラボレ」(祈れ、そして、働け)
38.ウニオミスティカの前提としての「オルド・サルティス」
39.オルド・サルティスの前提としての「一般召命」すなわち「福音の説教」
40.福音の説教の前提としての「信教の自由」
41.国家と社会と教会を統合する「個人」の主体性の保障としての「信教の自由」
・ライプチヒ論争(ルターvsエック)1519年。
・『キリスト者の自由』1520年。
・ヴォルムス帝国議会「われここに立つ」1521年。
・ミュンスター千年王国派の惨劇。1525年。
・マールブルク会談(ルターvsツヴィングリ)1529年。
・首長令。1534年。
・『キリスト教綱要』1536年。
・トリエント公会議。1545年。
・アウグスブルク宗教和議。1555年。
・39か条。1563年。
・ナントの勅令。1598年。
・ウェストミンスター信仰告白。1646年。
・ウェストファリア条約(新旧地域確定)1648年。
・宗教改革500周年。2017年10月31日(あと8年)
・個人的アジェンダ
1.カトリックとプロテスタントの中間項としてのドイツ14世紀神秘主義あるいはウニオミスティカ。
2.ウニオミスティカとコングレガシオン(団体)「霊性の数だけ団体があるのか」
3.ウニオミスティカとオルド(会則)「体験の逸脱は如何に規制されるのか」
4.ウニオミスティカとインスティトゥティオ(制度)「体験はいかに言語化され定式化されるのか」
5.ウニオミスティカとエピスコポス(監督)「多様な霊性、団体、体験、定式を、だれが監督するのか」
6.ウニオミスティカとシノドゥス(教会会議)「監督たちは、どのように最大公約数を取るのか」
7.ボランタリー・アソシエーション(自発的結社)としての教会。「自発性の数だけ団体があるのか」
8.インスティトゥティオ(制度)としての教会。「制度の中で自発性は如何に担保されるのか」
9.「見えざる教会」の交わりと「見える教会」の交わり。
10.「見えざる教会」の交わりは「見える教会」の交わりと無関係であるか、反映されるべきか。
11.「見える教会」の交わりの本質は、ウニオミスティカか、コングレガシオンか、オルドか、インスティトゥティオか、エピスコポスか、シノドゥスか。
12.「見えざる教会」と「見える教会」の中間項としてのウニオミスティカ。
13.ウニオミスティカの言語化と定式化としての「オルド・サルティス」
14.ウニオミスティカの表象としての「シンボル」
15.「シンボル」のリスト。バプテスマ。ユーカリスト。信仰告白。そして「互いに足を洗い合うこと」
16.「イエスは主、と告白する人々が、互いに足を洗い合うこと」これ以上のシンボルが必要なのか、必要でないのか。
17.予定説と予知説の中間項としての「ウニオミスティカ」とその表象としての「シンボル」
18.プロテスタンティズムにおける政教分離。しかし、ウニオミスティカに生きる者は、政治に参加するのか、しないのか。
19.神から委託された「家」としての世界。世界を管理する「家令」の責任。
20.「家令」の責任を分担する三者。国家と社会と教会。
21.ウニオミスティカに生きる者が果たすべき「家令」の責任(エキュメニズム)
22.国家の分限。社会の分限。教会の分限。しかし、それを統合する主体としての「個人」
23.「個人」の主体性の確立としての「われ、ここに立つ」あるいは「ウニオミスティカ」
24.多くの個人の主体性を、その多様性を保障しつつ主権のうちに統合する装置としての「デモクラシー」
25.デモクラシーという、統合する装置の「動力」としての「愛」あるいは「互いに足を洗い合うこと」
26.「互いに足を洗い合うこと」の試金石としての「小さき者たち」
27.「家令」が説明責任を負う相手としての「小さき者たちの王国の王」あるいは「再び戻られる主イエスキリスト」
28.「この者にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」という王の言葉。
29.家令としての国家の「奉仕」と「この小さき者」
30.家令としての社会の「奉仕」と「この小さき者」
31.家令としての教会の「奉仕」と「この小さき者」
32.この家の多くの家令たちの分担された責任および分担された奉仕としての「エキュメニズム」
33.ウニオミスティカに生きる者が行う、国家の奉仕としての働き。
34.ウニオミスティカに生きる者が行う、社会の奉仕としての働き。
35.ウニオミスティカに生きる者が行う、教会の奉仕としての働き。
36.「すべてが、主イエスキリストのためにする、働きである」
37.その働きの標語。「オラ・エト・ラボレ」(祈れ、そして、働け)
38.ウニオミスティカの前提としての「オルド・サルティス」
39.オルド・サルティスの前提としての「一般召命」すなわち「福音の説教」
40.福音の説教の前提としての「信教の自由」
41.国家と社会と教会を統合する「個人」の主体性の保障としての「信教の自由」

