景気対策における政府と日銀の役割
Saturday, February 4, 2012 2:01:53 PM
こうした金融政策の機能を理解しようとすると、数式や抽象的な概念をいくつも引っぱりだしてこなければなりません。しかし、ここではかなり大雑把に説明してしまいました。この文章で初めて金融政策に関心をもたれた方は、改めて書籍などをご覧になられることをお勧めします。
本稿では、金融政策の機能の説明を試みるとともに、財政政策と金融政策の相互作用についても言及しています。財政政策と金融政策の相互作用に着目し、整合的に行うことを「財政・金融一体政策」と呼ぶことがありますが、私はこの整合性が重要だと考えます。どこまでうまく伝えられるか、それ以前にどこまで私が正確に理解しているのか不安もありますが、何かの足しになればと思いつつ、拙稿を公開します。
景気対策における政府と日銀の役割 ー 「財政政策」と「金融政策」
景気対策の2本の柱 ー 「財政政策」と「金融政策」
景気対策における政府と日銀の役割は大きい。不況のとき、政府は公共事業や減税で(財政政策)、日銀は金利低下の誘導で(金融政策)、景気を刺激する。逆にあまりに好況になるとバブルを誘発するので、景気が回復するにつれ上記の政策は緩めていき、過熱すれば逆の政策をとることも必要となる。すなわち安定的な経済成長を図るためには、景気の波に応じた適切な政策が必要となる。
「財政政策」とは景気循環にあわせて政府支出を加減すること
政府の財政政策を景気循環に照らし合わせると、「好況のときに集めた税金で、不況のときに公共事業を行う」のが理想である。歳入と支出の時間にズレがあるので、これを国債を発行することで調整する。つまり不況のときに国債を発行して政府支出を増やし、好況のときに政府支出を減らして国債を償還していくわけである。
財政政策はGDPを直接加減するものであるが、GDPに占める政府支出の割合を考えれば、それだけで景気を動かすのは容易でないことがわかる。そこで民間の消費や投資を間接的にコントロールするのが金融政策である。
「金融政策」とは金利を調整することで民間の消費や投資を誘導すること
金融政策とは端的にいえば金利の調整である。例えば、金利を下げれば消費や投資が増え、金利を上げれば減るというように、金利の調整をもって民間の消費や投資の量を誘導することができる。不況の際には金利を下げて消費や投資を活発化させ、逆に景気が過熱気味の際には金利を上げて抑制を図る。
投資判断をおこなうときは金利と物価の関係に着眼する
直感的には金利が安いと投資活動が活発化することは理解しやすいが、現状をみるとゼロ金利を維持しているにも関わらず投資は冷えている。一方、80年代は金利は高いにも関わらず投資は活発だった。これはどういうことか。実は金利だけでなく、物価との関係に注目すると理解できる。
簡単な例をあげてみる。物価が上昇するとき、特殊なケースを除けば企業の売上や個人の所得も平均的には上昇する。仮に物価が10年で20%上昇し、所得も同じだけ上昇するとみなす。ここで月収が40万の個人が年2%の利率で20万円を借金したとする。月収に対して50%の金額の借入である。この借入を10年後に元利一括返済をすれば、24万円を支払うことになる。10年後の所得は物価と同様に20%増し48万円になっていることから、返済金額のは月収の50%となる。つまり金利が物価上昇率と一致しているときには、所得に対する負担感は変わらないことになる。
もし同じ利率の借入を物価上昇率が0%のもとで行えば(所得の伸びも0%とする)、10年後の返済額24万円は10年後の月収40万円の60%にあたり、負担感は金利相応に増えることになる。このように消費や投資に影響を及ぼす金利とは、額面の金利(名目金利)ではなく、物価上昇率の影響を除外した金利、すなわち実質金利ということになる。実質金利の定義は以下のとおりとなる。
実質金利=名目金利ー物価上昇率
デフレ問題とはゼロ金利政策のもとでも実質金利の負担感が大きくなってしまうこと
日銀が行う金融政策とは、金利の調整によって民間の消費と投資をコントロールするものだが、不況のときに実質金利を下げるには、名目金利を下げるか物価上昇率をあげるかいずれかとなる。日銀はその両方に影響を及ぼす手段を持つが、比較して容易なのは名目金利を下げることである。ところがゼロ金利政策をとっている現在は、名目金利をこれ以上に下げることができない。では金利は投資意欲が湧くほどに下がっているのかというと、物価上昇率がマイナス、すなわちデフレであるために実質金利が名目金利以上の負担感のあるものとなってしまっている。これがいわゆるデフレ問題である。
ゼロ金利政策のもとで実質金利を下げるには量的緩和で物価上昇率をあげるしかない
日銀が物価上昇率を動かすには、市中に流通する通貨量を加減するという手段がある。一般に通貨の量が増えれば物価は上昇する。しかし市中の通貨は日銀の発行する紙幣だけではなく、より大きな預金がある。預金量は銀行の貸出量に連れて増えるので、投資の活発化そのものが物価の上昇を促す側面もある。
日銀が紙幣の発行量を増やし、投資の活発化を誘発して通貨全体の量を増えることを促し、物価を上昇させる政策を「量的緩和」という。ゼロ金利政策のもとでなお実質金利を下げようと考えたとき、日銀のとりうる政策は量的緩和のみである。
市場は投資判断に物価上昇率の予想値「期待インフレ率」に注目する
ここで紙幣の発行量を増やす程度の物価上昇率が、投資が活発化して銀行の貸出量を増やすまでの実質金利の低下をもたらすかという疑問が出る。ここは争点になることが多い。景気回復の局面では、物価の上昇は消費や投資の拡大の後から追いかける。それでは実質金利を政策的にさげることはできないのか。ここで実質金利の定義式に戻る。
実質金利=名目金利ー物価上昇率
この式の「文字」からは読み取れない視点がある。それは市場が先行きを予想して投資判断に織り込むということである。物価が景気回復に遅れて上昇することは広く知られているため、投資判断をする際に物価上昇率の予想に注目する。このように市場が注目する将来の物価上昇のことを期待インフレ、それを年率で数値化したもものを期待インフレ率という。期待インフレ率を使うと投資判断をする際に注目する実質金利の定義式は以下のようにおきかわる。
実質金利=名目金利ー期待インフレ率
「期待インフレ率」を動かすため中央銀行は「インフレ目標」を約束する
ここまで述べた金融政策をまとめてみる。実質金利を下げるためには、まず名目金利を下げる。しかし名目金利はゼロより小さくできないので、次に物価上昇率をあげることを考える。その手段として日銀は紙幣を発行するが、日銀が直接発行できる紙幣は市中の通貨の一部にすぎないため、あわせて市中銀行の貸出量の増加を促さなければならない。物価上昇率は景気回復に遅効するが、市場は物価上昇率ではなく、その将来予想すなわち期待インフレ率を投資の判断に使用する。
よって日銀は実質金利を下げるために期待インフレ率を動かそうとする。すなわち一定のインフレが起こるまで名目金利をあげず、紙幣の発行量を増やす(量的緩和)など、物価の上昇に寄与する政策を続けることを市場に約束する。これが各国の中央銀行が採用する金融政策「インフレ目標」である。なお残念ながら、現時点で日銀はインフレ目標を採用していない。
「景気回復なきインフレ」を金融政策で起こすことはできない
インフレ目標は実質金利を下げ民間の消費と投資を促す政策であるが、景気が回復することなくインフレがだけが生じることはないのかという疑問があるかもしれない。しかし既に述べたように、日銀が紙幣を発行するだけでは物価上昇率への影響は限られており、銀行の貸出量が増えて初めて物価は上昇する。さて、銀行が景気に明るい見通しをもつことなく貸出量を増やすことがあるだろうか。つまり景気が回復することなくインフレが生じることは、金融政策の結果としてはありえないと言ってよいだろう。
逆に景気回復なきインフレ、いわゆるスタグフレーションは、大災害などで国の生産能力が極端に低下し、不況でなお物不足という状況が発生するなど極めて限定的な状況で起こる。日本は阪神淡路大震災や東日本大震災を経験したが、スタグフレーションは見られていない。スタグフレーションの実例としてオイルショックや第二次オイルショックのもとでの米国があげられるが、その原因も中東での戦争と革命という特殊なものであり、その原因の解決とともにスタグフレーションも収まっている。
「景気回復をともなうインフレ」を起こせるかは日銀への信頼次第
金融政策で「景気回復をともなうインフレ」を起こせるかは、日銀の政策が市場にどれだけ信頼されるかにかかる。約束した政策を途中でかえるかもしれないと思われれば、市場は予想に基づき行動することができなくなる。「期待インフレ率」は日銀への信頼なしには生まれ得ないである。日銀はすでにゼロ金利政策も量的緩和も実施している。それでなお期待インフレ率が上昇しないのは、市場がゼロ金利政策の継続を信用していないか量的緩和の規模が不十分と考えている証左である。
インフレ期待を生むには中央銀行がその意思を明確に示すことが必要である。先のインフレ目標はただ目標を示すだけのものではなく、市場の信頼を得るためのツールとなっていることが重要なポイントである。これを踏まえると、日銀がインフレ目標を採用しないことがどのような意味を持つかを想像できるだろう。
日銀と政府が協調しないと期待インフレ率は動かない
景気の回復という共通の目的をもつ政府と日銀が歩調を合わせることもまた期待インフレ率を高める。日銀がいくらインフレ目標を示し、果敢に期待インフレ率を高めようとしているとき、それと同時に景気を刺激すべく財政支出を増やせば、市場は景気の回復をより固く信じるようになり、期待インフレ率は高まる。逆に政府が景気の腰を折るような政策を進めれば、市場は期待インフレ率はあがらないと考えるだろう。
冒頭述べたように金利の誘導による景気の回復は金融政策ー日銀の主たる役割であるが、ここでみたように財政政策ー政府もまた期待インフレ率に影響を及ぼすという意味で金融政策を左右する。それでは現在の政府は日銀に協調的といえるか。
デフレ不況のもとでの財政再建は金融政策の手を縛る行為
現政府の最も重視している政策は言うまでもなく「社会保障と税の一体改革」であろう。現在の財政収支では年金制度を維持することができず、その維持のために増税が必要であるという考えに基づいている。増税分の一部は社会福祉事業として財政支出にまわる可能性はあるが、トータルとしては財政赤字の縮小にあてられるだろう。しかし最初に述べたように、景気循環の点からみれば「好況のときに集めた税金で、不況のときに公共事業を行う」のが財政政策の基本である。不況のもとでの増税は、財政再建を優先して景気回復を犠牲にするもしくは後回しにすることに他ならない。
市場が増税は景気にマイナスであると考えれば、期待インフレ率を押し下げてしまうだろう。現在、日銀は長らく不況の末にゼロ金利政策を採っているが、れにも関わらずデフレの為に実質金利は高止まりしている。名目金利を下げることが出来ない中、期待インフレ率をあげることは日銀に残された唯一の手段といってよい。その状況において政府が財政再建を進めるということは、日銀の金融政策の手を縛るにも等しい。
財政再建のためにも政府は増税すべきではない
最後に財政再建について。財政悪化をもたらす財政支出の増加にしても税収の減少にしても、その原因は不況の長期化にある。現政府は財政再建を喫緊の課題として増税を進めているが、景気回復が遅れればそれだけ税収減が持続する。財政政策を景気回復に優先させる政策は自己矛盾を抱えるといえる。それでも増税を進めるのは、税収増よりも税率増に主眼があるのだろうか。財政再建を進めるためには、まず財政支出を抑制できる状況、すなわち不況からの脱出を実現すべきである。
景気対策を担う政府と日銀、両者が実施する財政政策と金融政策、これらが整合すれば市場は景気の回復を強固に信じ、期待インフレ率が上昇して実質金利を押し下げる。実質金利の低下は消費と投資を回復させ、銀行の貸出量を増やし、後追い的に物価上昇率も上がってくる。その頃には目に見えて景気は回復し、財政支出も徐々に抑えて、国債の償還へとシフトしていけるようになるだろう。失業率が下げどまり、余ったマネーが行き先に困る頃、増税により経済成長を一定の範囲に収めるとともに、本当の財政再建が図られ、『リフレ政策』は出口を迎える。
【付録:平易な言葉で説明するのが難しいので個別に調べてほしい重要経済用語】
・フィッシャー方程式 : 「実質金利=名目金利ー期待インフレ率」という式
・貨幣数量説 : 貨幣の流通量が増えると物価が上昇するという理論
・信用創造 : 銀行の貸出量が増えると貨幣の流通量が増える仕組み
・流動性の罠 : 利子率がゼロ近傍になり名目金利を下がらなくなる状態
・デフレギャップ : 経済全体における需要不足、物価上昇が景気回復に遅効する原因
・インフレ目標 : 中央銀行が安定的な物価上昇率の実現に向け責任をもって取り組む目標
・物価安定の理解 : 日銀が示す安定的な物価上昇率の基本認識だが実現に責任は持たない
・レジーム転換 : 政府・日銀が戦略を変更すれば民間経済も対応して戦略を変更すること


