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cosmicnoise

Do not let me return at an entrance of love!

雑記(未来の落武者)。

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スペースシャトルが打ち上げになるという話で、何でこんなにも取り上げるのかなあという気がしていたのですが、実は今回のミッションで作られたマークを見ると、結構判りやすく実験棟「きぼう」に赤丸がされていて、それが日本の国旗だと判る訳で、これは嬉しいのでは無いのでしょうかね。まあ日の丸を好かない左翼の方々は何とも思わないのでしょうけれども。
それはともかく、どうやら宇宙ステーション内の小用トイレも修理したら何とか直ったという話で。
NASAもスペースシャトルの後継機「オリオン」完成が遅れて2016年になるのでは?という見方を示しているそうで、スペースシャトルの退役が2010年、その間NASAはどうするの?という話で、有人打ち上げ出来る宇宙船はロシア宇宙船ソユーズだけになってしまうという有様。
ということはこの2010年から2016年はNASAしいてはアメリカにとって宇宙の暗黒時代じゃないでしょうか。本当なのでしょうかね?大国アメリカがそんなことでまんじりとしているのでしょうか?下手したらスペースシャトルを改修するかとかも考えられますが、まあ難しいでしょうしねえ。
そんなことを書きながらNASAのHPからNASA TVを見ていたら、あれ?いつの間にかスペースシャトルディスカバリー打ち上がっている?
...というわけで星出飛行士おめでとうございました。

和歌山県で配管ミスの為にため池の水が数カ月に渡り水道管に繋がっていたそうで、水圧が低かったり水が臭うとの苦情から水を調べると塩素が一切検出されず、調べてみると支管からドジョウが出て来てコンニチハしていたという話。どうやら防火用の配水管と間違えていたという話ですが。
しかしこの記事、おそらく大げさにドジョウが蛇口からでて来たみたいな意訳をされて伝わるかもしれないので、そこはスポーツ新聞注意して見ましょうかね。

ブラジルで未知の部族がアマゾン川流域で空撮されたという。その写真は弓矢で航空機を攻撃しようと威嚇しているという素晴らしい光景。
まあ確かに未知の部族は居るんじゃないかという話だそうですが、余りにも出来過ぎた写真で逆に怪しいですけれどもねえ。まあそこまで良い画が撮られたので公開したとかいうのかも知れませんが。



福岡県の北九州市で私立女子高校一年の女子生徒が「blogに死ねと書き込みされた」という旨の内容が書かれた遺書を残して首吊り自殺していたという。
彼女はクラスで学級委員を務める様な生徒だったが08/05/28(水曜日)に初めて学校を欠席したという。
08/05/29(木曜日)/06:30頃彼女が首を吊った状態で発見された。当然自殺したのはそれ以前という事になりますが、その後06:54頃に119番通報で市内の病院にて死亡が確認された。家族がその高校に09:00頃自殺したことを連絡。
同日近しい生徒から聞き取り調査を始める。そこでその中の一人が08/05/26〜27に、遺書中に該当する様な中傷書き込みを行なったかもしれないと告白。
高校側は翌日08/05/30(金曜日)に全校集会を開き全校生徒に報告。中傷書き込みをしたと告白した生徒はショックか何か判りませんが学校を休んだとの話。
08/05/31(土曜日)には保護者集会を開き保護者に説明したとのこと。
というわけで「死ね」と言われたので死にましたという話になってしまいましたが、この書き込みを行なった奴は願ったり叶ったりで、書き込み冥利に尽きますねええええ。
しかし高校一年生という事は、この高校がエスカレーター式で無ければ知り合って二ヶ月でしょうから、その二ヶ月で匿名ながら「死ね」まで攻撃できる程高まる塊根てなんなの?という気もしますが。
まあしかしこの顛末はどうなるのでしょう。自己申告はさておき遺族は自殺の直接要因となる書き込みを行なった奴を見つけ出して告発的な事をするのか、なんだか損害賠償を求めて訴えたりとかするのでしょうかね。まあその立証が難しいですから最終的には泣き寝入りでしょうかねえ。

自殺のニュースは数あれど、自殺者を人生の落伍者と捉える節がありますが、それはどうなのでしょうか。
敢えて穿った見方をさせて頂きますが、自殺者と言いうのは別の見方をすると「この生きている世界に見切りを付けて死の世界に行った」という話で「負けたのでは無い、現在の世界を見限ったのだ」と言えるのかも知れません。強烈な厭世観による自殺というか。死体などは「飛ぶ取り跡を濁さず」でなくて「逝く人跡を敢えて濁す」という事なのかも知れません。
まあ死後の世界に甘美な希望を抱いているとかいう思想は置いといて、実は我々の生きている世界が見限られたのだという見方もできますから、そんな我々が反省をして獣ではない、弱肉強食ではない社会にしなければならない、とも少しは思ったりしますが、まあ偉そうなことは言えませんけれどもね。

最近「自殺する様な馬鹿はこの際まとめて死んでもらって構わない」みたいな事を言った奴が居ますが上記のことを絡めると、恋人から一方的に振られたくせに「居なくなって清々した」と言っているようなものなので、あんまりお行儀の良い意見とはいえませんよね。それを正論だと支持する人もいるようですが、ピエロが真剣に正論を言うのでしょうか?
電波ピエロの意見を聞いて「そうだそうだ」と頷くのも何なの?という話で、私的には道化の意見なんて真剣にとりあう必要なしという見解なのですが。しかしそのピエロ自身が自分の事を道化と思っていない節がありそうなのが一番怖いという話で、道化が自分を道化と思っていないなんて最高のジョークになりますけれどもね。

こう思うことも有るのですね。現在日本人が日本人たる所以に「繊細さ」というものがありますが、その繊細さと心の弱さとは紙一重の様な気がして、自殺の数を減らそうと努力するという事は日本人に「強く生きろ」という事になると。それ即ち「ガサツに生きろ」とか「繊細さを捨てろ」とか「わがままに生きろ」という話になってしまうと。だから自殺者が結果として出てしまうのでしょうかねえ、というと問題有りですが。その辺が難しいところですねえ。

テクノロジーは進んで行くのに人間の心は荒廃して弱肉強食の獣に近づいているのは何なの?という気もしますね。「精神的に人を追いやる獣」という点に於いては新しいのか。そこで頭来て手を出し身体的に攻撃するというのが実はスッキリする方法なのですが、そうすると獣に戻ってしまうというこのジレンマ。

だから自衛として精神的攻撃に晒された時には、他の方法が思いつかないので取り敢えずシャットダウンしかないのかもしれません。「無視する」ということです。
これにも一過言あって、無視するという事はその人間に対し存在及び価値そのものを消し去ってしまう一番惨い仕打ちでもありますから「逃げたな」とか言われようとも「オマエは存在を消されたのだよ」と。「人間以下にされたのだよ」と無言で返すことも出来る訳です。それが相手側に判っているかどうかは別として。これって結構考え方を変えたら強い行動でもありますから「無視する力を身につける」という行為が残っているという事も憶えておいて欲しいですね。
そういえばそんな切り替え方は「Back to the future 3」の最後でマーティー・マクフライが自分の運命を変えた割り切り方だったというのを思い出しましたな。まあちょっと違いますか。

いやあしかしそういう意味では、ここが外国のブログサーヴィスでログインユーザーしかコメントを書き込めないという所で良かったですわ。
blogのコメント欄で炎上するという話もありますが、あれでコメント欄を閉鎖すると「コメント欄を締めて逃げやがった」とかいう奴がいますが、管理者はコメント欄を解放してあげているのであって、コメントを書き込める権利を与えているのは管理者な訳で、消そうが消すまいが管理者のルールでやっているのだから、人でなしな書き込みをしている程その文句はおかしいですけれどもね。
だからコメントを消さないルールなんて設けてしまうとがんじがらめになってしまうので、その前言を撤回したって構わないというブレイクスルーをひとつ踏み込まないといけません。
しかし長いコメントを削除するのは彼奴の時間を消し去り無かった事にするという事なのだと考えると、ある種残酷で快楽で様見ろなのかも知れませんがね。

雑記(クリック天国ポップアップ地獄)。雑記(取り敢えず電気ショックで)。

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