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univers gardellien  安道礼の世界

le monde de Kumadon, des Jizo & Cie くまどん&お地蔵様

Posts tagged with "湯布院"

猿さえいなかった

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皆さん、おはよ~~~~!
元気か~~~~い?
オラ、相変わらず元気で~~~す!」
と大声を出しても誰からも文句を言われないパーキング・エリアで~す。
なぜかと言うと


誰もいないからで~す!

もしかして大分自動車道は昨日に引き続き今朝も通行止めかぁ~?
それなら、何でオラ達ここにいるの?

15分前湯布院インターで乗っけど、前も後ろも反対車線にも車どころか猿さえいないぞ~!
確かに「何があるかわからないから、ちょっと早めに行こう」とおやじどんが言って、湯布院を出たのは朝6時だったがそれにしても、一台の車もいない高速道路を走るのはちょっと不安だなぁ。

湯布院インターから日田インターまで不安の連続でした。雨が振りそうで振らない、車がありそうでない。
いた!後ろから来たドイツ製のシルバーのスポーツカーがロケットのように追い越して、オラ達の不安と共にアッというま走り去った。

その代わりに鳥栖ジャンクションから長崎自動車道の東そのぎまでそして川棚町の大崎半島まで、7月19日の朝から付き合いしてくれてる雨が戻ってずーーーっと降ってくれました。

川棚町でお昼の材料を買うため道端の産直に入ったとたん後ろから「プップー!プップー!」とクラクションを鳴らしながらちっこい車に追いかけられた。「どうして?なにした?どうして、どうして?」とうちのマダァ~ムが驚いて停止した。

後ろから追いかけてきたワックスを一度もかけられたことのないような大正時代のちっこい車から一人の「人生の大先輩」の方が降りてうちのマダァ~ムに近づいて「驚かせてすまん。お宅のナンバーを見て思わずクラクションを鳴らしちゃった。ごめん!わし、岡崎の出なんだけど、こっちに来て40年近くになるでねぇ、あんまりにも久しぶりに三河ナンバーを見たもんで懐かしくてねぇ、悪かったねぇ。」優しいさで溢れとるうちのマダァ~ムがこの三河弁に連れられて、10分以上しゃべった。

途中、うちのおやじどんはこの三河弁についていけなくって、お昼のフォーに入れる長ネギと大葉を買いに行った。オラも、このコテコテの三河弁についていけなくって、ダッシューボードで座ったまま降ってる雨の粒を一つづつ数えてた。数千粒の後、おやじどんが長ネギの束を持って返ってきた。

そこから数え直して数百粒の後、でっか~いスイカ一個を持って泣いているダァ~ムが戻ってきた。「これ、持ってけ。いいから持ってけ」と言われてどうしても断れなかった。涙が出たよ。ここまで来て地元の人、しかもめちゃめちゃいい人に逢えるなんて!

産直の駐車場から出たとき、オラが後ろ振り向いたとき、一昔前の人が雨に打たれて一人で寂しく立っていた。オラも何だか切ないな気持ちで涙を流しました。

今思うと、涙を流すくらいなら傘を差し上げればよかったかなぁ~。

でもやっぱり、スイカって、嬉しいなぁ~。

TPOと人の気持ちを分からないうちのおやじどんは「ほらね!相模ナンバーより三河ナンバーのほうがいいと言ったでしょう!」と喜んでた。相模ナンバーに変えることを反対したおやじどんは自慢げな顔をしていた。

車のナンバーは「コルシカ も・117」がいいなぁと思う くまどん より。

Masami FUJISAWA 藤澤 正巳

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藤澤 正巳
「ご主人はどういった仕事をなさるんですか。」と2回目に会った藤澤圭子さんに聞いた。「車の修理屋さんですよ。」と言われた。

半年後、初めてこの「車の修理屋さん」に会うことが出来た。

九州男児の代名詞...怒らせたら鬼さえも怖がる大きな体、岩も砕ける巨人の手、サングラスをかけたらどんな満員電車でも必ず座れる怖い顔...

サングラスの後ろには子羊の可愛い目、そして甘いものが大好きで一滴の酒も飲めない...九州男児として失格。

だが、彼の大きな手には45年間の鉄との会話、鉄との戦いが彫り込まれている。45年の間になし遂げた最高の仕事の満足感がもっと深く彫り込まれている。

板金の技工を超えて板金の芸術家となった男。「作品」のない芸術家。

唯一見られる作品が...彼の顔。

無条件で信頼出来る顔

無条件で信頼できる男。そして「トトロ」と呼ばれた男。

2003年5月、日本を訪問していた私の妹、義理の兄弟とその間に生まれた姪の6歳のクレールを2泊3日で藤澤さんの所へ連れて行っててあげた。その姪が藤澤さんのご主人を初めて見た時、結構怖がっていた。それこそ九州男児。

どうしても「藤澤さん」がうまく言えなくて、困ってたクレールが、九州に来る前に家で初めて見た「ととろ」を思い出し、私に「じい、この方をトトロと呼んでいいですか。」と聞いてきた。

三日間、このフランス人形は、起きてから寝るまでずっとトトロから離れずに、過ごした。

「安道礼、クレールがなにをいいよんことは、いっこん分からん。」
「じい、トトロがなにを言ってるがぜんぜん分かんない!」

三日間、湯布院塚原高原の一角では、二人の笑い声がたえなかった。

三日後、クレールが1から20まで日本語で数えるようになった。
三日後、トトロが1から10までフランス語で数えるようになった。

別れの日、飛行場まで連れて来てくれたトトロが、クレールにチューされて、あわてて車に乗って発進した。

クレールも泣いた。

YASUKO FUJII 藤井 やす子

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藤井 やす子
何回行っても、どうしても落ち着いて座れない他人の家がある。
初めて行っても気持ちよく横になれる家もある。
藤井 やす子さんの家みたいに。

「よく来てくれたね。お上がり。」

掘り炬燵に座って、冷やした麦茶をいただきながら、作ってくれてる素麺を待つ。気持ちよく。
「どうぞ、食べて。茗荷がないからキュウリを多めに入れてあげた。食べて。」

いただきながら隣の土間で裁縫をしている藤井さんを見てる。
彼女の指は素早く無駄なく動いている。
針は生きている。
二枚の古布の端切れを一枚にする。もう一枚をつなげる。
生きてる針と勝手に動いている自分の指を見ている藤井さんの顔はとても穏やか。

素麺をいただいて、横になる。自然に。するべきことをしているだけのように。

藤井さんの指は踊っている。その美しいバレーを見続ける。
針は指揮者のバトンとなってその踊りを指示するような動きをする。
あまりの美しさ、あまりの完璧さで笑い出す。
藤井さんも笑う。
同じイメージを見たでしょうか。

6年前湯布院の塚原高原に来てから本格的に裁縫をやり出した藤井さんは各地の骨董市で集めた古布で作品を作っている。遠くから見ると、最近あちこちの店に出ている同じような物と何ら変わりはないが、手に持つとその差は一目瞭然 。

生地の使い方や色の組み合わせや完成度を物語るのは一つだけです。
それは愛情。
余裕のなかった時代、日本のお母さんが幼いこども達にボロ生地で縫っていた人形。
愛情の塊の人形。

それを分かっている私は安心して掘り炬燵で気持ちよく昼寝に入る。

SHOUJI FUJII 藤井 昭二

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藤井 昭二
「大分飛行場まで藤井さんという友達が迎えに行きますので、待ってて下さい」と言われて空港の出口で待っていると、作務衣姿、ビシッと決まったヘアスタイル、割合小柄な方が私に近づいた。その方の目を見た瞬間「ただ者ではない」と強く感じた。世界中の海を見たような目。ナンセンスを認めない目。

「安道礼さんですよね」と失った友達に20年ぶり出会った時と同じような感じで。「大分にいらっしゃい」と20年の付き合いの友達に言うような感じで。

その方は湯布院の塚原高原のど真ん中にある「達磨窯」の主でした。

18歳の時、何時か大分県一になろうと小さな床屋を始めた藤井 昭二さん、50歳の時九州一のビューティーサロンの会社社長となった。32年間でわずか2席の床屋を18店舗、100人以上の従業員の会社に作り上げた。その間、時間を見つけて大分夏祭りを作った。会長となってから全てを若い人に渡して、夢に見たあな穴窯を一年掛けて自分の手で作った。

1998年、初めて会ったとき、その途轍もない大きい穴窯が完成したばかりでまだ火を一度も入れたことはなかった。半年後、初めて窯に火を入れた時に焼いた「左馬」と呼ばれる鏡文字で描かれた「馬」という漢字のプレートをいただいて感激しました。


もっと感激したのは、その穴窯から出てきた焼き物を初めて目にしたとき。お茶の世界のわび・さびを見える形、触れる物ばかりの焼き物。飾るための物ではなく、使うための物。野の花に最も似合う焼き物。

それでも、納得いかないと窯を壊して、今は作り直している。完璧さを求めて。何処まで自分の夢を追いかけるつもり?何処まで「わび・さび」を表現をするつもり?

野の花のエッセンスを求めて、庭師にもなろうと考えて(?)、今は右手には剪定鋏、両足にはろくろ、心には相変わらずわび・さび。

今、ナンセンスを認めない目には、遠ざかって行く物でもそれを追いかけられる自信と不安が入り交じっている...


2003年11月ドイツのシーボルト博物館から招待されて作品を出品。

GENTILLESSE 優しさ

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佐渡島

「市川さん、すみませんが車を止めて下さい。たばこを買いたい。」

2000年の夏、飛騨高山で待ち合わせた市川さんご夫妻から「車で一緒に東京まで帰りましょう」と言われて、喜んで彼らの車に乗った。帰り道に車を止めさせ、たばこを二箱を買った。東京までと言うことで乗ったけれど結局相模原にある家まで送って頂きました。

4日後、郵便で市川さんの奥さんから小荷物が届きました。小さな桐の箱には心打たれる素晴らしい巻絵手紙と...たばこ一箱。

「主人の車にお忘れになったタバコ箱をお返しいたします」と筆で書かれていた。

次の年、湯布院の「塚原の4人展」で、その次の年、パリでの展覧会で、この優しさにあふれた箱を紹介したら、みんな感動しました。

国語辞典には「優しさ:他人に対して、心づかいがこまやかなさま。思いやりがある。」と書かれている...

それでは物足りない説明ですね。